これは少し過去のことを振り返ってます。
👇義父との同居生活の始まり
義父は私たちと同居を始めてしばらく経ったある日、
「やっぱり自分で暮らす」と言い出しました。

私が口うるさく言ったせいもあったのかもしれません。
そのことを実母に話したとき、母はこう言いました。
「帰れる家がまだあるから帰りたくなるのよ。
母(私の祖母)は帰る家がなくなっても帰りたいって言ってた。
ずっと住んでた家へ帰りたいのは当然じゃないかな」
その言葉を聞いて、義父の気持ちも少し理解できた気がしました。
どんなに不自由があっても、自分が暮らしてきた家に戻りたいという気持ちは自然なことなのかもしれません。
一方で私は、結婚当初からのいろいろな出来事が重なって、気持ちよくお金を出そうとは思えなくなっていました。
義母が借金を抱えていたことは家族みんなが知っていたと思いますが、それに蓋をして、触れようとすると怒られる。
私たちが「こうした方がいい」とアドバイスしても一切受け入れず、でも自分たちが困ったときだけ頼ってくる。
さらに、結婚当初に義母へ貸したお金が戻ってこなかったこともありました(今も返ってきていません)。
その経験があるからこそ、「お金のことでは頼らないでほしい」という気持ちがずっと強くありました。
かといって、介護や通院を助けるのはまた別の話。
私の中でも「どこまで関わるのか」という線引きの難しい問題に、漠然と悩んでいたのを覚えています。
義父母(特に義母)が作った借金でお金がなく、年金もまともにかけていなかったため収入もほとんどない。それが後々分かる現実でした。
結局、我が家と義理実家はすぐ近くということもあり、ケアマネさんや親戚とも相談して、本人の意思を尊重して実家に戻ることになりました。
ただ、生活をどう成り立たせるかという問題は残ったまま。
病気で働けず収入もほとんどない、借金はある――そんな中で義父が「自立したい」と言っているのです。
この頃から「生活保護」という言葉が現実味を帯びてきました。
義父が再び実家に戻ったことは、介護を担う私たちにとっても大きな転機でした。
「これからどうなるんだろう」という新しい不安が重なっていたのを覚えています。
(次回は、義父が生活保護を受けることになった経緯を書いていこうと思います)
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追記:2025年10月