『ビブリア古書堂の事件手帖』、やっと7巻まで読み終わりました。
「沼にはまりそう」と書いたのが、たしかまだ1巻を読んでいたころ。
あのときは、読み終えるまでにこんなに時間がかかるとは思っていませんでした。
最初のころは、スルスル読めていたんです。
ページをめくる手が止まらなくて、「沼にはまりそう」なんて書いていたくらいですから。
なのに、気づけば読み終えるまでに4ヶ月ほどかかっていました。
……あれ、こんなに時間かかった。
娘が学校に行ったあとの静かな時間や、義父の通院の待ち時間。
細切れの時間をかき集めながら読んでいたのに、なかなか進みませんでした。
特に、7月と8月は夏休みもありほとんど本を読めず。
※ここから先は、7巻の内容に少し触れています。未読の方はご注意ください。
まあ、理由がどうであれ、7巻まで読み終えました。
謎が解けていく過程はもちろん面白かったんですが、それ以上に、栞子さんという人物にどんどん愛着が湧いていきました。
物静かで、本の話になると急に饒舌になる。
そのギャップが魅力的。
それから、ミステリなのに人が死なない、というのも実は地味に面白いポイントでした。
もちろん、普通の刑事ものやサスペンス系のミステリも好きなんです。
でも、古書にまつわる謎を解いていくだけで、ちゃんとハラハラドキドキできる。
誰かが亡くなるわけじゃない(ケガとかはありますが…)のに、ちゃんと「ミステリ」として楽しめる。
そのバランスが、なんだかとても平和で、読んでいて心地よかったんです。
それから、栞子さんと大輔くんの恋模様も、実はずっと楽しみにしていたところでした。
中学生みたいに、少しずつしか進まない。
もどかしいくらいゆっくりとした距離の縮まり方が、逆にリアルでドキドキしました。
でも最後は、結局すべてが母親である篠川智恵子さんの掌の上だった、という結末で。
「そう来るか……」と、ちょっとした余韻に浸ってしまいました。
7巻の中で、特に心に残ったやりとりがあります。
「どう生きるかは自分で決めます」。
この言葉、もともとは母親である篠川智恵子さんが、昔、口にしていた言葉でした。
それが7巻の最初のほうで、出てくるんです。
そして7巻の最後、今度は栞子さんが、同じような強さでこう言い切ります。
自分たちの生き方は、自分たちで決める、と。
……あ、やっぱり親子だな。
7巻の冒頭と結末、ちょうど挟むようにして出てくるこの言葉に、思わずページをめくる手を止めてしまいました。
結末では、結局すべてが智恵子さんの掌の上だった、というオチがついたばかりだったのに。
その掌の上で踊らされていたはずの栞子さんが、母親とそっくり同じ言葉にたどり着く。
生き方そのものは、きっとまったく違う。
でも、芯のところは、やっぱり親子なんだなと感じさせられるシーンでした。
誰しも自由に生きられるわけじゃないにしても、こういう気持ちは自分の中に持っておきたいなと思いました。
それから、この本を読んでいると、不思議とどんどん出てくる本を読みたくなってくるんですよね。
作者の三上延さんについて、あとで読んだエピソードも印象的でした。
「本にすごく詳しい人」だと思われがちだけれど、実際はそうでもなくて。
執筆の途中で書けなくなりそうになったことも、何度もあったのだそうです。
それでも、たくさんの努力と情報収集、周りの人たちの助けを借りながら、この作品を完成させていった。
そういう苦悩も語られていて…。
そのことを知って、あらためてすごい仕事だなと思いました。
私自身をふりかえってみると、栞子さんのように「本そのものが大好き」というよりは、「本がある空間」が好きなのかもしれません。
▼本にまつわる思い出
古書店の、あの静かでちょっと埃っぽい雰囲気。
棚にぎっしり詰まった背表紙を眺めているだけで、なんだか落ち着く感じ。
そんな風景を思い浮かべながら読み進められたからこそ、この本はとても楽しかったんだと思います。
来年、アニメ化されるという話もあって、今からすごく楽しみです。
実は、7巻までが栞子さん編で、8巻からは新章の「扉子編」に入るのだそうです。
そして、この扉子編、まだ現在も続いています。
次の世代の物語が、今まさに進行中だと思うと、それだけでちょっとワクワクします。
4ヶ月かけて栞子さん編を読み終えたばかりですが、また少しずつ、扉子編も読んでみたいと思います。
今日も読んでいただきありがとうございました。
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