介護
娘の誕生日と冬休み突入で燃え尽きた40代主婦のクリスマス記録。ローソンの小さなケーキとスーパーの惣菜チキンで「頑張らない」を選択。一方、ケアハウスに入居した義父はイベント満載で充実しているようで…?リアルな12月24日の様子です。
「介護は家族がして当然」と思っていた新婚時代。かつて母に「もっと優しくしてあげて」と言った自分を殴りたい。実際に始まったダブルケア生活で、玄関の鍵がかけられなくなる「限界サイン」が出るまでの体験談です。
寒波到来の中、施設にいる義父が「暖房代がもったいない」とエアコンをつけずに震えていることが発覚。しかし数百円かかるコインランドリーには平気で通うという謎の金銭感覚。高齢者ならではの節約のこだわりと矛盾にモヤモヤした介護日記です。
義父から聞いた入所者さんのトラブルや、施設で見かけたにぎやかな日常の様子。今年はワクチンの連絡も施設からもらえて、本当に助かったと感じた話をまとめました。
義父の施設で早朝4時に警報が誤作動し、騒然とした日のこと。気難しい入所者さんの出来事も重なり、義父が「なんか疲れたわ」とこぼした声を、そのまま綴った記録です。 #はてなブログ
義父の肺がん手術から2年半。半年ごとのCT検査に付き添った日の記録です。再発なしと聞けた安心と、長い治療を振り返った胸のあたたかさを書き留めました。
【介護日記】ケアハウスに引っ越した義父から「テレビが映らん!」と電話。行ってみたら、まさかの配線ミス。笑って終われた、そんな介護の日の一コマ。
施設に入って1週間。 以前は暗かった義父の電話の声が、 今は少し明るくなりました。 コスモス畑への遠足を楽しみに話す姿に、 新しい暮らしのリズムを感じています。
婿養子として義母の家を守り続けた義父。 競売にかかって売れなかった家を片づけながら、 その静かな時間の中で感じた“父の生き方”を綴りました。
義父の最終引っ越しの日。 夫の「やっぱり寂しいな」のひと言が胸に残りました。 家族それぞれの立場で抱える“寂しさ”と“がんばり”を見つめた日です。
義父の介護を始めてからの記録をまとめました。 在宅介護からケアハウスまでの流れと、日々感じたことを振り返っています。 まだ続く途中の記録ですが、誰かの励ましになれば嬉しいです。
義父のケアハウス入所の日。新しい環境に少し緊張しながらも笑顔を見せる姿に、安心と寂しさが交錯しました。秋の空のように穏やかな一日を記録しました。
義父の家が競売にかかったときの記録。 想像よりずっと低かった金額、そして売れなかった現実。 家族で話し合いながら感じた“家と思い出”の重さを綴りました。
義父の家に積まれた引っ越しのダンボール。 少しずつ片づいていく部屋を見ながら、心の奥がきゅっとしました。 介護と向き合う日々の中で感じた、静かな寂しさの記録です。
脳梗塞を経験した義父が、もう一度免許を取りたいと言った日。 家族としての葛藤と、車がないと暮らせない地方の現実。 高齢者の運転を止める難しさと、社会の課題について書いています。
病院の日は長くてしんどいけれど、待合室には同じように頑張る家族がたくさん。 疲れの中に見つけた、小さな笑いと共感のひととき。
義父の施設入所手続きをきっかけに見えた小さな変化。 何度もぶつかってきた免許返納の話題に、義父が自分から一歩を踏み出してくれた日の記録。
義父のケアハウス入居が目前に。 健康診断や手続きに追われながらも、やっとここまで来た安堵の一日。 小さな夕焼けに、心の荷が少し軽くなりました。
義父と初めて施設を見学した日のこと。清潔で明るい雰囲気に安心し、義父の表情にも変化が見られた一日を振り返ります。
義父の住まい探しで行き詰まり、思いがけず「施設入居」という選択肢が見えてきました。ケアハウスとの出会いが、新しい扉を開くきっかけに。
義父の家を離れざるを得なくなり、物件探しに奔走した日々。当時の不安や葛藤、そして新しい暮らし方を考えるきっかけになった出来事を振り返ります。
介護保険の更新やケースワーカーさんの訪問が重なるこの時期。 病院の日は娘への声かけや作り置きなど、わが家なりの小さな段取りで過ごしています。
義父の病歴を振り返っています。 大腸がん、脳梗塞、肺がん…次々と病気が重なり、不安と向き合う日々でした。 治療の負担、弱音、そして寄り添う家族の気持ち。 負担も、しんどさも、ありがたさも――その全部を抱えながら続いていく暮らしについて書いていま…
介護を始めたばかりの頃、制度を知らずに普通に買ってしまったものがありました。 実は介護保険を使えば、ベッドやお風呂用イスなど多くの福祉用具が自己負担1割でレンタル・購入できます。 この記事では「介護保険で安く利用できるもの」と、私が実際に使っ…
回想録を書いている途中ですが、今日は現在の出来事について。 義父から「ケアマネさんにケアハウスの空きが出そうだと言われた」と連絡がありました。 生活保護や家の競売と並行して続いていた家探しの中で出てきた新しい選択肢。 安心と不安の入り混じる気…
生活保護が決まってからの義父の暮らしを振り返りました。 通所リハビリやヘルパーさんの支援、医療費の自己負担がなくなったこと、周囲の人の支えによって義父も私たち家族も少しずつ安心を取り戻していった日々を書いています。
市役所で「同居ではヘルパーさんを頼めない」と知ったとき、思わず口にした言葉。そこから生活保護の窓口を紹介され、初めて「生活保護」という制度を現実的に考えるようになりました。義父が生活保護を受けることになった経緯を、当時の思いとともに振り返…
これは少し過去のことを振り返ってます。 義父との同居生活の始まり www.fukumaru2525.com 義父は私たちと同居を始めてしばらく経ったある日、「やっぱり自分で暮らす」と言い出しました。 私が口うるさく言ったせいもあったのかもしれません。 そのことを実…
これは少し過去のことを振り返ってます。 義父が脳梗塞で倒れてからしばらく、大病院での入院生活が続きました。その後リハビリ病院へ転院し、数か月にわたるリハビリを経て、ついに退院の日がやってきました。 義父の入院中の様子 当初、医師からは「もう歩…
義父が入院してから家を出て行くまでのあいだ、夫との仲は結婚生活の中で最悪だったかもしれません。私にのしかかった日々 fukumaru2525.hatenablog.com 介護や子育ての大変さに加えて、私にとって「心のよりどころ」だった夫婦関係が崩れそうになったことは…