これは少し過去のことを振り返っています。
結婚したばかりの頃から、私は義母に対して「なんだか変だな」と感じていました。
お金の話になると空気が重くなり、尋ねれば「そんなこと聞かないで」と怒られる。何かの督促に来たらしい人の姿を見かける。ポストにはカードの督促状らしきものが届く――。
それでも「家族になったんだから」と信じたくて、私は深く踏み込まずにいました。
就職活動をしていた頃も、義母からは「家にいて家庭を守ってほしい」と言われました。
当時は“そういうものなのかな”と思っていましたが、今振り返ると義母の都合のいい考えを押しつけられていただけだったと思います。あと、外で遊び歩きたかったから、誰かに家にいてもらいたかったのかもしれません。
最初は義実家で同居を始めました。
けれど、義母が夫のカードを勝手に使っていたり、頼まれていた夫の税金が支払われていなかったり……。
結婚を機に少しずつ色々なことが分かってきました。
夫はお金の管理を義母に任せていて、時々遅れることがあっても「言い合いになるのが嫌だから」と深く追及しないままでした。
お金にルーズな義母と、普通に管理したいと思う私。相いれないのは時間の問題でした。

「触れたら怒られる」――今思えば、それはサインだったのかもしれません。
さらに、貸したお金が返ってこなかったり、「家事は嫁の仕事」と言われて家事をすべて押し付けられたまま義母が遊び歩いたり……。
ある日、体調が悪くて家事ができていなかった私に、義母がこう言い放ちました。
「どんなに体調が悪くても家事をやってから横になるのよ」
その瞬間、私の中で何かが切れました。
ちゃんと家事をやっているところを見たことがない義母に対して、
「あなたが先にやって背中を見せてもらえますか? あなたのやった通りにしますよ。自分がやっていないことを人にやれって、おかしいですよね。」
思わずそう言い返してしまいました。
それまで積もり積もったものが、あふれ出たのだと思います。
(今考えれば結婚した最初に家事分担について話しておけば良かったなとも思います。)
けれど、このとき義父は私をかばってはくれませんでした。
「義母の言うことが聞けないんだったら出ていけ。」
そう突き放すように夫と私に言った言葉は、今でも忘れられません。
そこから義母との関係は修復できないほど険悪になり、私はこれまでのことや思いを夫に伝え、二人で義実家を出ることにしました。
夫は一つ返事で一緒に出てくれましたが、義母から「貯めている」と聞かされていたお金は実際にはありませんでした。(勝手に使われたカード残高や税金の滞納はありました)
夫はショックを受けていましたが、任せきりにしていたことにも責任はあったと思います。なぜ気が付かなかったんだとも思います。
清算や引っ越しで私の独身時代の貯金を切り崩し、0からのスタートになりましたが、あの決断をしてよかったと思います。ようやく「自分達の生活」を送れるようになった気がします。
ただ、そのとき夫には伝えました。
「多分、まだ大きな借金が出てくると思う」と。
実際、それがどのくらいあるのか分かるのは少し後のことでした。
義母、義父、夫のお金を合わせれば、当時は月に100万円以上の収入があったはずです。
それなのに、さらに数千万円の借金と税金の滞納がありました。
一体何に使ったのかは、今でも分かっていません。
少し話がそれますが、義実家の敷地内に家を建てようとしたとき、住宅ローンの審査が通りませんでした。(今思えば建てられなくてよかったと思います)
私は金融関係の仕事をしていた経験から、すぐに夫に言ってCICで信用情報を確認しました。車のローンに時々遅延がありました。
金融機関の担当者からも「この土地では建てられません」と言われたことを、今でもよく覚えています。
当時の私は、「家族だから」と「この人、おかしい」という思いの間で揺れ動きながら、現実と向き合っていました。
“きれいごとだけでは暮らせない”――それを結婚のかなり早い段階で思い知らされました。
その後も、見たくないことを見て、言いにくいことを言って、少しずつ境界線を引けるようになりました。
その積み重ねが、今の私と家族を守ってくれているのだと思います。
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