
介護中に旅行を考えている方へ。
「行きたいけど、行っていいのか分からない」そんな罪悪感とどう向き合ったか、今回は私の実体験を記録しておこうと思います。
正直に言うと、最初はすごく躊躇した
義父は左半身に麻痺があります。
脳梗塞の後遺症で、日常生活で手のかかることもあります。
急変のリスクがゼロじゃないことも、ずっと頭のどこかにありました。
そんな義父をおいて旅行なんて、「いいの?」って。
でも……あのとき私と夫の関係は、正直かなりギリギリの状態でした。
義父との同居が始まって、介護と子育てに追われる毎日。
負担は私に集中して、夫との会話もほとんどなくて。
『この先、本当にやっていけるのかな』
そう思う日が続いていました。
▼その頃のこと、詳しくはこちら
「家族がダメになったら、介護は続けられない」
これは今でも、私の中の正直な気持ちです。
介護って、長距離マラソンみたいなもので……なんて言い方をすることがあるけど、マラソンにはゴールがある。
介護には、ない。
いつ終わるか分からない。
そして、「終わり」がやってくるとき、それは大切な人の命の終わりだったりする。
だから途中で「もう降りたい」と思っても、降りられない。
ゴールが見えないのに、やめることもできない。
それが、介護の本当に苦しいところだと私は思っています。
だから、走り続けるためには、たまに立ち止まって息を整える時間が、絶対に必要だと思う。
それが、行くと決めた理由でした。
実際にやったこと
① よく顔を出してくれる親戚に声をかけた
幸いなことに、義父のまわりには「何かあれば顔を出すよ」と言ってくれる親戚や近所の人が数人いました。
お願いしたのは「見守り」のみ。
細かいことは頼まず、ただ「旅行に行くので、気にかけてもらえますか」と伝えました。
「行ってきなよ」「楽しんできてね」と言ってもらえたときの安堵感は、今でも覚えています。
② 旅先から義父へ定期連絡を入れた
遠くにいても、「つながっている」という感覚は大事でした。
気になったタイミングで電話を入れて、声を確認する。
それだけで、旅行中の不安がかなり和らぎました。
③ 保存食を多めにストック
料理ができなくても食べられるもの、冷凍食品やパックごはん・宅配で補えるものを確認してから出発しました。
たいそうな準備じゃなくていい。
「ひとりでも数日は困らない状態」を作っておく、それだけです。
その頃は、「まごころケア食」も活躍してくれました。
④ 「急変したら迷わず救急車を」と何度も念押しした
これは、声に出して何度も言いました。
義父の世代って、「救急車を呼ぶのは大げさかな」と我慢しがちなんですよね。
だからこそ、「何かあったら迷わず呼んでね。絶対に呼んでね」と、くどいかなと思うくらい繰り返しました。
くどいくらいがちょうどよかった、と今は思っています。
⑤ 見守りカメラを導入した
この旅行をきっかけに、見守りカメラを設置することにしました。
使ったのはTP-Linkのカメラ。

これが、もう、めちゃくちゃ安心材料になりました。
スマホからいつでも様子を確認できるので、旅先でも「今どうしてるかな」という不安がぐっと減って。
義父にも、「カメラで様子を見られるようにしたよ」とちゃんと伝えました。
嫌がるかなって思っていたんです。
でもね、逆だった。
「それは安心やな」って、むしろ喜んでくれて。
介護している側だけじゃなくて、見守られる側にとっても安心なんだなと、そのとき初めて気づきました。
やらなかったこと
正直に書きます。
これが「正解」だったかどうかは今でも分からない部分もあります。
でも当時の私の判断として、やらなかったことがあります。
義母側の親戚には一切声をかけなかった
義母よりのきょうだいや親戚とは、頼り合える関係ではありませんでした。
声をかけることで、逆に状況が複雑になるほうが目に見えていた。
「頼れる人」と「頼めない人」を、冷静に見極めることも必要でした。
ケアマネさんへの連絡はしなかった
旅行に行くことを、担当のケアマネさんには伝えませんでした。
理由があります。
以前から、その人の言葉に傷つけられることがあったんです。
「ちゃんと声をかけているんですか」
「ここは危なくないですか」
「どのくらい家に行ってあげているんですか」
……毎回、自分がやっていないような気持ちにさせられる言葉たち。
義父が施設に入った今でも、そのケアマネさんは変わっていません。
「施設に顔を出してあげてくださいね」
仕事をしながら、毎日必死でやっている中でのその言葉は、正直きつかった。
義父のことを思って言ってくれているのは、分かっています。
でもね、介護している側の気持ちには寄り添わない人だった。
だから、旅行に行くと言ったらどんな言葉が返ってくるか、想像するだけで分かりました。
自分の心を守るために、その時は言わずに出発することを選びました。
今は、その人の言葉が出てきたとき、「自分とは考えが違う世界の人の言葉だ」と脳内でそっとシャットアウトすることを覚えました。
これが正解かどうかは、今でも分かりません。
でも、介護を続けるためには、自分のメンタルを守ることも必要だと私は思っています。
ショートステイなどのサービスは使わなかった
存在は知っていたけれど、今回は使いませんでした。
旅行の期間が短かったこと、義父がショートステイは行きたがらなかったこと……いくつか理由はあります。
でもこれは「使わなかった」だけで、「使うべきじゃない」という話では全然ありません。
旅行中に利用できるショートステイや在宅サービスは、状況によってはとても心強い選択肢になると思います。
使える制度は使っていい。それだけは、はっきり言いたいです。
それでも旅行に行って、よかった
あの旅行で、夫婦の会話が戻ってきました。
素直に今の自分の気持ちを夫に伝えることもできました。
娘がアドベンチャーワールドのパンダを見て「かわいい〜!」と叫んで、家族3人で笑って。
ただそれだけのことなんだけど、その笑顔がすごく大事だったんだと思います。
「旅行に行けた」という事実が、そのあとの介護を続けるための燃料になりました。
▼そのときの旅の記録はこちら
状況は人それぞれ。「どうしたら行けるか」を逆算してみる
私の場合は、声をかけられる親戚がいたこと、義父がある程度ひとりで過ごせる状態だったこと、旅行期間が短かったこと……そういう条件が重なっていました。
みんながみんな、同じようにできるわけではないと思います。
でも、「介護中だから旅行は無理」と最初から諦めてほしくないな、とも思っています。
使えるサービスは何か。
頼れる人は誰か。
急変したときの動きを事前に整理できるか。
その逆算ができれば、「行ける」可能性はゼロじゃないかもしれない。
介護している自分を、もう少し大切にしてあげてください。
私自身も、今もまだ歩きながら、時には立ち止まりながら進んでいる途中です。
「リタイアーーー!!!」って叫びたくなる日だって、正直あります。
そんな中でも続けてこられたのは、日々のちょっとした自分の楽しみや、自分をちゃんと甘えさせる時間、家族で笑える時間を、意識的に入れてきたからかなって思っています。
完璧に走り続けなくていい。
止まっても、また歩き出せばいい。
それが結局、いちばん長く走り続けられる方法だと、私は今も信じています。
今日も読んでいただきありがとうございました。
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