ふくまる日記

毎日の子育てと介護。泣いたり笑ったりしながら書いています

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介護中でも旅行できる?やったこと5つとやらなかったこと、準備の全記録

介護中に旅行を考えている方へ。

「行きたいけど、行っていいのか分からない」そんな罪悪感とどう向き合ったか、今回は私の実体験を記録しておこうと思います。

正直に言うと、最初はすごく躊躇した

義父は左半身に麻痺があります。

脳梗塞の後遺症で、日常生活で手のかかることもあります。

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急変のリスクがゼロじゃないことも、ずっと頭のどこかにありました。

そんな義父をおいて旅行なんて、「いいの?」って。

でも……あのとき私と夫の関係は、正直かなりギリギリの状態でした。

義父との同居が始まって、介護と子育てに追われる毎日。

負担は私に集中して、夫との会話もほとんどなくて。

『この先、本当にやっていけるのかな』

そう思う日が続いていました。

▼その頃のこと、詳しくはこちら

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「家族がダメになったら、介護は続けられない」

これは今でも、私の中の正直な気持ちです。

介護って、長距離マラソンみたいなもので……なんて言い方をすることがあるけど、マラソンにはゴールがある。

介護には、ない。

いつ終わるか分からない。

そして、「終わり」がやってくるとき、それは大切な人の命の終わりだったりする。

だから途中で「もう降りたい」と思っても、降りられない。

ゴールが見えないのに、やめることもできない。

それが、介護の本当に苦しいところだと私は思っています。

だから、走り続けるためには、たまに立ち止まって息を整える時間が、絶対に必要だと思う。

それが、行くと決めた理由でした。

実際にやったこと

① よく顔を出してくれる親戚に声をかけた

幸いなことに、義父のまわりには「何かあれば顔を出すよ」と言ってくれる親戚や近所の人が数人いました。

お願いしたのは「見守り」のみ。

細かいことは頼まず、ただ「旅行に行くので、気にかけてもらえますか」と伝えました。

「行ってきなよ」「楽しんできてね」と言ってもらえたときの安堵感は、今でも覚えています。

② 旅先から義父へ定期連絡を入れた

遠くにいても、「つながっている」という感覚は大事でした。

気になったタイミングで電話を入れて、声を確認する。

それだけで、旅行中の不安がかなり和らぎました。

③ 保存食を多めにストック

料理ができなくても食べられるもの、冷凍食品やパックごはん・宅配で補えるものを確認してから出発しました。

たいそうな準備じゃなくていい。

「ひとりでも数日は困らない状態」を作っておく、それだけです。

その頃は、「まごころケア食」も活躍してくれました。

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④ 「急変したら迷わず救急車を」と何度も念押しした

これは、声に出して何度も言いました。

義父の世代って、「救急車を呼ぶのは大げさかな」と我慢しがちなんですよね。

だからこそ、「何かあったら迷わず呼んでね。絶対に呼んでね」と、くどいかなと思うくらい繰り返しました。

くどいくらいがちょうどよかった、と今は思っています。

⑤ 見守りカメラを導入した

この旅行をきっかけに、見守りカメラを設置することにしました。

使ったのはTP-Linkのカメラ。

これが、もう、めちゃくちゃ安心材料になりました。

スマホからいつでも様子を確認できるので、旅先でも「今どうしてるかな」という不安がぐっと減って。

義父にも、「カメラで様子を見られるようにしたよ」とちゃんと伝えました。

嫌がるかなって思っていたんです。

でもね、逆だった。

「それは安心やな」って、むしろ喜んでくれて。

介護している側だけじゃなくて、見守られる側にとっても安心なんだなと、そのとき初めて気づきました。

やらなかったこと

正直に書きます。

これが「正解」だったかどうかは今でも分からない部分もあります。

でも当時の私の判断として、やらなかったことがあります。

義母側の親戚には一切声をかけなかった

義母よりのきょうだいや親戚とは、頼り合える関係ではありませんでした。

声をかけることで、逆に状況が複雑になるほうが目に見えていた。

「頼れる人」と「頼めない人」を、冷静に見極めることも必要でした。

ケアマネさんへの連絡はしなかった

旅行に行くことを、担当のケアマネさんには伝えませんでした。

理由があります。

以前から、その人の言葉に傷つけられることがあったんです。

「ちゃんと声をかけているんですか」

「ここは危なくないですか」

「どのくらい家に行ってあげているんですか」

……毎回、自分がやっていないような気持ちにさせられる言葉たち。

義父が施設に入った今でも、そのケアマネさんは変わっていません。

「施設に顔を出してあげてくださいね」

仕事をしながら、毎日必死でやっている中でのその言葉は、正直きつかった。

義父のことを思って言ってくれているのは、分かっています。

でもね、介護している側の気持ちには寄り添わない人だった。

だから、旅行に行くと言ったらどんな言葉が返ってくるか、想像するだけで分かりました。

自分の心を守るために、その時は言わずに出発することを選びました。

今は、その人の言葉が出てきたとき、「自分とは考えが違う世界の人の言葉だ」と脳内でそっとシャットアウトすることを覚えました。

これが正解かどうかは、今でも分かりません。

でも、介護を続けるためには、自分のメンタルを守ることも必要だと私は思っています。

ショートステイなどのサービスは使わなかった

存在は知っていたけれど、今回は使いませんでした。

旅行の期間が短かったこと、義父がショートステイは行きたがらなかったこと……いくつか理由はあります。

でもこれは「使わなかった」だけで、「使うべきじゃない」という話では全然ありません。

旅行中に利用できるショートステイや在宅サービスは、状況によってはとても心強い選択肢になると思います。

使える制度は使っていい。それだけは、はっきり言いたいです。

それでも旅行に行って、よかった

あの旅行で、夫婦の会話が戻ってきました。

素直に今の自分の気持ちを夫に伝えることもできました。

娘がアドベンチャーワールドのパンダを見て「かわいい〜!」と叫んで、家族3人で笑って。

ただそれだけのことなんだけど、その笑顔がすごく大事だったんだと思います。

「旅行に行けた」という事実が、そのあとの介護を続けるための燃料になりました。

▼そのときの旅の記録はこちら

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状況は人それぞれ。「どうしたら行けるか」を逆算してみる

私の場合は、声をかけられる親戚がいたこと、義父がある程度ひとりで過ごせる状態だったこと、旅行期間が短かったこと……そういう条件が重なっていました。

みんながみんな、同じようにできるわけではないと思います。

でも、「介護中だから旅行は無理」と最初から諦めてほしくないな、とも思っています。

使えるサービスは何か。

頼れる人は誰か。

急変したときの動きを事前に整理できるか。

その逆算ができれば、「行ける」可能性はゼロじゃないかもしれない。

介護している自分を、もう少し大切にしてあげてください。

私自身も、今もまだ歩きながら、時には立ち止まりながら進んでいる途中です。

「リタイアーーー!!!」って叫びたくなる日だって、正直あります。

そんな中でも続けてこられたのは、日々のちょっとした自分の楽しみや、自分をちゃんと甘えさせる時間、家族で笑える時間を、意識的に入れてきたからかなって思っています。

完璧に走り続けなくていい。

止まっても、また歩き出せばいい。

それが結局、いちばん長く走り続けられる方法だと、私は今も信じています。

今日も読んでいただきありがとうございました。
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